富山湾の恵みを届けたい。八王子で35年愛される鮮魚店、2代目店主の挑戦
written by 川西里奈
東京の八王子に店舗を構えて35年の『山本鮮魚店』。全国的にも珍しい、富山湾で水揚げされた天然・未冷凍の魚だけを扱うお店です。
一般には流通しない未利用魚※の活用にも力を入れており、雑誌やテレビに取り上げられるなど注目が集まっています。2代目店主の山本智さんに、仕事のやりがいや地元富山県に対する思いまでたっぷりとお聞きしました。
※サイズが規格外だったり、一般に知られていないといった理由で市場にあまり出ない魚のこと。
山本 智(やまもと さとし)
1983年富山県黒部市宇奈月町出身。1987年に初代店主の吉本伸が「富山湾氷見漁港直送 鮮魚販売 とやまフーズ」を開業し、2008年に二代目店主となる。2015年にリニューアルし「富山県氷見漁港直送 山本鮮魚店」に改名。2019年「とやまふるさと大使」に任命される。
年間120種類の魚を、オーダーメイドでさばいて提供
__山本鮮魚店とは、どんなお店なのでしょう?
山本智さん(以下、山本):富山県の氷見漁港を中心に、新湊、魚津、黒部などの漁港で水揚げされる富山湾の天然魚だけを扱う鮮魚店です。
お店ではお客さんの要望に応じて、丸ごと一尾から一人前までオーダーメイドでさばいてご提供しています。楽天市場でオンラインでの販売も行っています。数種類の魚がセットになった商品や富山県の名産である昆布締めなど、商品はすべて真空パック包装で鮮度を保ちお届けしています。
▲富山湾で水揚げされた新鮮な魚が丸ごと並ぶ
__どれくらいの種類の魚を扱っているのですか?
山本:年間で120種類以上の魚を扱っています。富山を代表するホタルイカや白エビ、特に富山県氷見漁港のブランド「ひみ寒ぶり」は人気ですね。おすすめはウマヅラハギという魚で、「海のフォアグラ」と呼ばれるほど非常においしい肝を醤油にとかした肝醤油でのお刺身が人気です。
▲この日水揚げされたばかりのひみ寒ぶり
__あまり流通していない珍しい魚も扱っていると聞きました。
山本:“自然のいけす”とも呼ばれる富山湾では実に600種類以上もの魚が網に掛かります。その中には、未利用魚といってスーパーなどには流通されない珍しい魚も混ざっています。普段なかなか見ることのない魚と出会えるのも、山本鮮魚店の特徴のひとつです。
__未利用魚の味はどうなのでしょうか?
山本:おいしいんですよ。多くの場合が味とは関係なく、見た目がグロテスクとか獲れる量が少ない、さばき方がむずかしいなどの理由で流通に乗っていないだけです。ものによってはお刺身で食べてもおいしいものもありますし、唐揚げにするのが良いとか、おすすめの食べ方もお客さんにお伝えしています。
そういった魚が流通されることで少しでも富山県の漁業に貢献できればうれしいので、10年くらい前から未利用魚を取り扱うようになりました。
▲店内には迫力のあるカラー魚拓がいくつか飾られている
先代社長との運命を変える出会い
__山本さんは二代目ということですが、創業者の方とはどのようにして出会ったのでしょう?
山本:僕が継ぐ前は「とやまフーズ」という名前のお店で、富山県高岡市出身の先代が1987年に創業しました。
18歳の頃、自動車整備の専門学校に通うために富山県黒部市から上京した僕は、ある日帰り道に『富山湾氷見漁港直送』と書いてある看板が目に留まって、そのお店に入ってみることにしたんです。
店に入ると先代の社長が黙って腕組みして立っていて、とても怖かったのを覚えています。店内には魚が切り身ではなくて丸々一匹ずつ並んでいて、高校を卒業したばかりだった僕はそんな光景は見たことがなかったのでさらにびっくりして、帰っちゃったんです(笑)。
__当時から注文が入ってから魚をさばくというシステムだったんですね。でもそれ以上に、先代の社長のインパクトが大きいですね。
山本:数日後にまたお店の前を通りかかったとき、今度はその隣にあるお寿司屋さんに入ってみたんです。そこでお寿司を握っていたのが先代の奥さんだったのですが、「どこから来たの?」と聞かれて、富山県と答えたら「隣の魚屋も富山県出身なんだよ、呼んでくるね」と言って、先日会ったあの怖そうな人が来て、第一声で「バイトに来い」と言われて…それがきっかけです。
__その一声で、人生が変わりましたね。
山本:そうですね(笑)。そして専門学校を卒業する頃、進路に悩んでいた僕は先代の社長に「卒業したらこの店で働かせてください」って言ったんです。そしたら今度は「そんな甘くない!」って怒鳴られましたね。先代は脱サラして経営者になって、苦労してきたのだと思います。
▲富山県で作られた醤油や富山名物の白えびなども取り扱っている
__それでもお店を継ぐことになったのはどうしてだったのでしょう?
山本:それからは3年くらい他の仕事もしつつバイトでお店に入って、ちょっとずつ魚のさばき方を覚えました。そんな頃急に先代が地元に帰るからとお店を辞めることになったんです。
料理人になるとか別の業界へ行くことも勧められましたが、僕の中では「このお店を継ぎたい」という強い思いがありました。当時まだ23歳でしたから家族にも相談して了承を得て、先代に継ぎたいという意思を伝えると、「よし」と言ってくれました。
お店を引き継いで数年は、僕一人ではお店を回せられないことも多く、知り合いにバイトを頼んだりしながらなんとか乗り切ってきました。お客さんにご迷惑をおかけしてしまうこともありましたが、「待ってるから、がんばって」と声をかけてくれる方がいたり、ピンチのときはいつもお客さんに救ってもらいながら、ここまでやってくることができました。
▲2015年にリニューアルした店舗外観
一人でも多くの人に富山湾の魚を知ってほしい
__お仕事をされていて一番やりがいを感じるのはどんなときですか?
山本:八王子ってあまり鮮魚を食べる文化がないんです。だから干物を買いに来るお客さんもけっこういて、そういうお客さんに僕は「騙されたと思って、氷見の寒ブリを食べてみてください」って試食してもらったりするんです。そうすると皆さん、本当にびっくりして「こんなにおいしい魚があったなんて!」って感動されます。お客さんに富山県の魚のおいしさを知ってもらうのが、この仕事の一番のやりがいですね。
▲お客さんからのオーダーに応じて魚を捌く山本さん
__これから新たに取り組みたいことなどはありますか?
山本:コロナが流行してからは魚を仕入れてくれる飲食店さんは減っていきましたが、逆に外食ではなく家で魚を食べる個人のお客さんが増えました。
お祝い事やプレゼントなどに山本鮮魚店の魚を選んでいただくことも多く、10回以上リピートしてくださるお客さんもいらっしゃいます。最近では北海道から沖縄まで全国から注文が入るようになり、オンラインでの販売により力を入れていきたいと考えています。
今後は『Uber Eats』を使った販売も始める予定です。これまで当日の配達までは手が回っていなかったのですがこういったサービスを利用することで、お店に来られない方や若い方にも、より手軽に富山県の魚を楽しんでいただけるようになると思います。
これからもたくさんの方々に富山湾の魚の魅力を知っていただき、富山県が発展するきっかけになればうれしいですね。
取材を終えて
丸々一匹をオーダーに合わせてさばいたり、お客さんの好みに応じておすすめの食べ方を提案するなど、真心を何より大事にする山本鮮魚店。初めて富山湾の魚を食べ、そのおいしさに感動するという人は少なくないそうです。富山県の豊かな資源のひとつである魚を通して、富山県の持つ魅力が広まっていっているのだと感じました。
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