氷を削っていた工場員が、経営ピンチの家業を継いで見つけた仕事の面白さ

レッド

written by 田野百萌佳

岸秀樹さん

岸秀樹さん

トーニチ株式会社代表
大学卒業後、某国民的アイスを製造する会社の工場で2年間修行。
2003年にトーニチに入社し、13年間営業職を勤めたのち、2016年に代表就任。

福島市で主に学校給食としてフルーツを使ったデザートなどの食品製造を行ってきたトーニチ株式会社。代表の岸秀樹さんは、おじい様、お父様の後を継ぎ会社を率いています。岸さんをはじめ社員の方々が、時代の変化や経営のピンチに瀕して行き着いた、デザート製造のより深い価値とは?そして、その価値が生んだ感動秘話や、トーニチに根付く社員の方々のチャレンジとは?岸社長に伺いました。

 

父親に連れ戻され入社!?

ーーーおじい様、お父様の後を継ぎ、トーニチの代表を勤められていますが、もともと「自分も後を継ぐぞ!」という思いは持っていましたか?

 

岸さん(以下、敬省略):

正直、子どもの頃は何も考えてなかったですね。父にも「やりたいことがあるんだったら継がなくていい」って言われていたんです。実は父が働いている姿も見たことがないくらいで。

 

大学生になって進路を決める際も、他にやりたいことが見つかったわけでもなく。なのでゆくゆくはトーニチに入ることを考えて、大学卒業後は、うちの会社とご縁のある某国民的アイスを製造している大手企業に入社して修業させていただいていました。もともとうちの工場でその会社の下請けをさせていただいていて、私の祖父、父、私と親子3代の付き合いがありまして。そこの工場ラインで2年間、巨大な氷を機械でかき氷のように砕く作業をしてました。

 

ーーーそうだったんですね。そこではどんなことを学ばれたんですか?

 

製造現場の大変さ」ですね。大学生の時はずっと遊んでいたのに、大学卒業して就職したら早朝から深夜まで働く生活になって。当時は給料よりも時間が欲しかったですね。

よく覚えてるのが、入社1年目のゴールデンウィークに「新人だから、ゴールデンウイーク1日休ませてやる」って言われて。普通は休みないのか、ってびっくりしました。というのも、アイスって5月ぐらいからお盆の時期にかけて、作れば作るほど利益が出るんですよね。なので、ゴールデンウィークにひたすらアイス作ってた記憶があります。

 

ーーー現場の大変さを身を以て感じたのですね。

その後トーニチに入社したのはどんな経緯があったのですか?

 

本当は前の会社で5年間修業をする予定だったのですが、2年でトーニチに入社することになりました。その時ちょうど、売上がなくて「潰れるかも」という大変な時期で。そんな時期を経験した方が勉強になるということで、当時代表だった父に連れ戻されちゃいました。(笑)なので入社当初から、必然的に会社経営の視点で考える必要があったんです。

 

父には、私だけじゃなくて私と同世代の社員に対しても早いうちから経営に近い立場で経験させようという思いがあったみたいです。現在取締役を務める私と同世代の社員が3人いるのですが、彼らも当時「この会社を潰しちゃだめだ」という意志統一をしてくれていて。彼らと共に入社当初から「会社を潰さないためにどうするか」っていうことを考えてきました。

 

ーーー工場でひたすらアイスを作る日々から、いきなり経営を考える立場になったのですね。

 

嫌だった営業職で見つけた、仕事の楽しさ

 

ーーーピンチの時期に入社されて、実際にどんな業務を担ってきたのですか?

 

岸:

トーニチでは入社してから社長になるまでずっと営業をしていました。

ただ、それまで下請けが主な会社だったので、社内には売るものも営業のノウハウもなかったんですよ。それで売上目標だけ立てられて、「物ないのにどうするんだ?」と思いながら、ただお問い合わせの電話がかかってくるのを待っているような状態で。

 

うちの会社、今でこそ下請けでの製造意以外にも、営業が自分たちのナショナルブランドの商品を売ったり、卸の会社にプライベートブランドとして新しい商品を提案したりするケースが全体の売上の70%を占めているのですが、私が入社した当時はほとんど下請けしかない会社だったんです。

 

ーーーそこから、どのように売上を立て直して行ったのですか?

 

そんな時に、幸いなことに私の前職の会社で元営業責任者を勤めていらっしゃった方が顧問としてうちに来てくださったんです。元いた会社の社長が「あの会社、営業のやり方わからないみたいだから助けてやってくれ」って伝えていただいてたみたいで。(笑)

その顧問の方に言われたのは、「何でこの会社の営業は外に出ないんだ!月1回は九州だろうが北海道だろうが顔出すもんなんだ、営業は!」と。

 

それから、全国各地の卸を回って、「どんな商品があると良いですかね?」と聞きに行くところから営業活動を形にしていき、自社製品も品数を増やして行きました

そこからですね、楽しくなってきたのは。

 

ーーーどんなところが楽しかったですか?

 

北海道から九州まで、各地の卸さんとのお付き合いを広げていくのが楽しかったです。

その中で、既存商品の新しい需要にも気づくことになって。うちでは学校給食用のデザートを長いこと扱っていたのですが、実はそれって学校給食だけじゃなくて高齢者の方にも需要があるんじゃないかという気づきがありました。これからは少子高齢化社会、学校だけじゃなくて病院や施設にも売っていこうっていう動きになったんです。それで全国の卸一覧に片っ端から電話営業して、一緒に売ってもらえる卸さんを探していきました。

 

それから高齢者施設や病院向けの卸さんの横に乗せてもらって、現地に着いたら配達を手伝いながら、卸さんが納品しているときに私が栄養士さんにプレゼンするというかたちをとっていました。トラックの中では卸さんと馬鹿話をしながら、全国各地でつながりを作っていくのが楽しかったですね。

 

ーーー何もないところから地道につながりを作って、トラックの中で他愛もない話をするという思い出もあって、大人の青春という感じですね。なんだか胸が熱くなります。

 

就職したての頃は、営業だけはやりたくないって思ってたんですけどね。テレビドラマなんかでは営業マンって大変そうじゃないですか。(笑)でも、営業の仕組みが整っていないところから、顧問の方の力を借りて整えていって、実際に全国回るということを実際やってみたら楽しかったんです。

 

「生まれて初めてケーキを食べました」中小の食品メーカーだからこそ生める価値

ーーー工場、営業での経験を経て社長になられて、会社をどのような方向にしていこうという心の変化などはありましたか?

 

岸:

2016年6月の株主総会の時に社長に就任しましたが、入社当初から経営については考えてきたので、社長になってがらっと会社の方針を変えたとか、自分の仕事が大幅に変わるということはなかったですね。

 

ただ、食品を扱う大企業との差別化は考えていて、ニッチな困りごとに応えられるような製品を届けることには近年力を入れています。主には2つあって、1つがアレルギーのお子さんでも食べられるデザートを作ること。乳、卵、小麦を使わないケーキやプリンの開発に、ものすごく力を入れていますね。

 

もう一つは介護食としてのデザート

例えば、「ギュッと完熟」という商品を作っています。お年を召すと、林檎や梨のような硬いフルーツってそのまま食べられないんですよね。そうなると、すりつぶした状態にして召し上がっていただくことが多いと思うのですが、すり潰された状態で出てくると見た目も損なわれて嫌じゃないですか。なので、見た目も風味もカットフルーツそのものだけど、舌で潰せるようなものを開発しています。

 

介護職の中でも、主食、主菜、副菜は大手企業が手掛けるケースも多いのですが、フルーツなどのデザートまではなかなか手が回らないんですね。学校給食も同じです。市場規模がちっちゃいから。でも困っている方はいるんですよ。だから、中小企業としてそういった部分の役に立ちたいと思っています。

 

ーーー素敵です!そういったことをやっていてよかったな、と思う瞬間ってありますか?

 

アレルギーをもっている子どもさんからお手紙が届いたりするんですよ。「生まれて初めてケーキを食べました」って。それまで、「ケーキは食べちゃいけない」って言われて育ってきた子が、クリスマスの給食でうちが作っているケーキが出て、生まれて初めてみんなと一緒にケーキを食べることができたそうなんです。やっぱり嬉しかったんでしょうね。そういうお声が直接届くと、うちの会社も世の中も役に立てているんだな、やっててよかったな、と実感できます。製造現場の人たちも毎日大変だと思いますが、そういったことがあると喜んで楽しく仕事ができると思うので。

 

ーーーニッチかもしれないけど、多くの人にとっての当たり前のことがそうじゃない方たちがいますもんね。ニッチかもしれないけど、トーニチさんがやっていらっしゃることって「喜びを与える」というデザートの本質でもあるなと感じました。

 

そうですね。

結局、お困り事があるからそこに仕事が発生するんですよね。

 

「やりたいことにチャレンジ」できるという土壌

 

ーーーその、新たな需要に対応するものを届るという提案ってどこから出てくるのですか?

 

岸:

介護職の場合は営業マンからでしたね。たまたまその人の奥さんが病院で栄養士をしているということもあり、インスピレーションを受けたそうです。彼を起点に、少子化なんだから新しい分野に売ってこうよ!っていう動きも進んで、みんなで手分けして介護食系の卸さんに新規でアタックしました。

 

ーーー営業の社員さんから上がってきたアイディアが実現できるのって、素敵ですね。他にも社員さんからのアイディアをきっかけに実現したことって何がありますか?

 

そうですね、、最近、YouTuberをやっている人が中途入社してくれて、今総務にいるのですが、今パンデミックの状況で工場見学が気軽にできない状況を受けて「バーチャル工場見学」というコンテンツを作ってくれました。

 

ーーーアイディアが上がってきやすい風潮があるのでしょうか?

 

やりたいことにチャレンジできる会社ではあると思います。うちの会社に入ってくる人は、扱っているものへの関心よりも「何か行動を起こしたい」という気持ちの強い子が多いんです。結構自分たちで考える人が多いですね。

何をやっても赤字だった15年前くらいの時期から、「何かやるしかない」っていう文化はできたんでしょうね。


また、組織的な動きとしては、少人数単位で考える機会を無数に設けること。例えば、工場での改善提案1つとっても、自分たちで考える機会を作るためにプロジェクト体制をとったり。あとは、全体会議を減らす代わりに至る所で2,3人の少人数でミーティングが行われているなど、1人ひとりが意見を出し合う環境はたくさんあります。そういうところから新しい案が上がってきます。誰でも気軽にアイディアが出せる風通しのいい組織。そして上がってきたアイディアをみんなで協力して実現していく。そういうことが当たり前にできる組織を目指しているんです。その代わり、何か問題があったら責任は取るので、どんどん挑戦してもらったらいい、という気持ちです。

 

トーニチが、食品への関心よりも「自分で考えて行動できる」ことを重んじる究極の理由

 

ーーーでは、これから新たにトーニチで一緒に働きたいのは、どんな方ですか?

 

岸:

自分がやりたいだけのことではなくて、社会全体の利益になることを考えて、喜んでできる人。ただそこは、社会経験を積んで得られるケースが大きいかもしれないですね。

 

大変な時期を迎えないと、人って育たない。大変な時期を乗り越えた人たちって、めちゃめちゃ能力、パフォーマンスが高いんですよ。

一方で、経営が潤っている状態では若い人たちって成長しにくいと思っていて。うまくいかないと、大変だ、大変だってみんな努力するけど、一方でそれを乗り越えると、その下の人たちは指示待ち人間になっちゃう。

そう考えると、やはりベースは「自分で考えて自分で行動できる人」がいちばんですね。

 

ーーー最後に、トーニチさんの今後のビジョンを教えてください!

 

私たちメーカーにとっての王道は「いい商品を作ること」。その中での差別化として、私たちはニッチな需要に応じていこうと思っています。だからこそ、製造の強みだけではなく営業や企画など、いろんな部署に「自分で考えて行動できる人」が必要なんです。

 

また、私の持論ですが、「人間、もっと自由に生きるべきだ」と思っています。そのためには組織の中でも1人ひとりが考えて行動できないといけないですよね。それでうちがうまくいけば、他の会社にもマネしてもらえばいいですし。そうなれるようにしていきたいですね。

 

取材後記

入社早々に経営のピンチを背負い、家業を継いで代表を務めるという立場にいながら、肩肘張らない気楽な雰囲気でお話してくださった岸社長。それは岸社長の根底に「人間、もっと自由に生きるべきだ」という想いがあるからこそだとインタビュー終盤に納得しました。中小の食品メーカーだからこその存在意義を確かにしながらも、その業種に囚われず社員の方お1人おひとりが自分で考えて行動する仕組みを整えていらっしゃるところにもトーニチさんならではの魅力を感じました。岸社長、ありがとうございました!

 

株式会社トーニチ HP

https://www.tohnichi-web.co.jp

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