【ダシマス老舗・仁井田本家】18代目蔵元杜氏が取り組む、日本酒を通して守り育てる福島の未来
written by ダシマス編集部
創業100年以上の老舗企業に焦点を当てる本企画。持続的な成長と成功をおさめ、時代をまたぎ社会に貢献してきた歴史を紐解き、その長い期間によって培われた文化や知見から、多くの人に気づきとインスピレーションを与えることを目指しています。
今回は、福島県郡山市にある有限会社仁井田本家(以下:仁井田本家)の蔵元であり杜氏でもある18代目仁井田穏彦(にいだ やすひこ)さんに取材。仁井田本家は300年以上続く老舗酒造です。無農薬・無化学肥料の米を使用する自然酒にこだわった日本酒は、地元福島県はもちろん全国的な人気を誇っており、定期的に開催されるイベントには遠方から足を運ぶファンも少なくありません。
仁井田さんはどんな思いで酒造を受け継ぎ、また未来へ繋げようとしているのか。その想いを伺いました。
18代目 蔵元兼杜氏:仁井田 穏彦(にいだ やすひこ)さん
1711年創業の仁井田本家18代目。2010年に歴代初の蔵元杜氏となる。「日本の田んぼを守る酒蔵」となり、自然米にこだわった日本酒を通じて伝統文化を次世代へつなぐ。『にいだの日』や『田んぼのがっこう』などのイベント開催にも取り組む。
執筆:大西マリコ
取材やインタビューを中心に活躍するフリーライター。愛犬はシーズーのうどんちゃん。
18代目として30年。時代に選ばれた蔵元としての使命
――創業の経緯や、会社について教えてください。
創業は1711(正徳元)年。茨城県水戸の直轄である守山藩の藩命によって、酒造りを始めたと伝え聞いています。原料米を自然米のみにこだわった酒蔵で、自然米100%、天然水100%、純米100%の酒造りをしています。
看板商品は「にいだしぜんしゅ」というブランドです。豊かな甘みと旨みをもつ、ジューシーな甘口の日本酒で、私の父の代1967(昭和42)年に「金寳自然酒」の名で誕生しました。世界的な品評会で賞をいただいた「純米吟醸」を始め、多くの方に愛されているシリーズです。
――300年以上の歴史をもつ老舗酒蔵の仁井田本家さん。先祖代々、こうして続いてきた理由はどんなところにあると思いますか。
一つは社訓でもあるのですが「約束を守る」こと。お客様との約束はもちろん、社長は会社との、会社は社員との約束を守ります。そういった当たり前のことを積み重ねることが信頼に繋がり、300年続いてきたのかなと。
それから、私は今18代目の蔵元として会社をお預かりしていますが、代々の蔵元がバトンを良い形で次の代に渡そうと一生懸命頑張ってきてくれました。「自分の代だけ富をなせば良い」という考えではなく、たとえ利益を減らしてでも次の代のためを思って行動する。そういう思いが脈々と受け継がれてきたからこその300年ではないでしょうか。
――仁井田さんが蔵元になってから30年。今のお話にもあった先祖の方々のように、穏彦さんにも嬉しいこと、困難なこと、さまざまなことがあったかと思います。とくに、2011年には東日本大震災がありました。どのような影響があったかお伺いしても良いでしょうか。
大きなできごとで本当にショックでしたし、うちも色んな面で痛手を受けましたね。福島県でみると、世界中に「フクシマ」という名前を残しましたし、今もなお水産物の風評被害などで良くない影響が続いています。
正直な話、「1000年に一度のような大災害が、なんで自分の代でくるんだ」と思ったこともありましたが、嘆いていても仕方ない。だったら逆に、「この時代に選ばれて社長になっているんだ」と思うようになりました。未来に繋いでいくことが私の大事な仕事だなと。
実は、震災の前までは「父親を超えたい」「売り上げや会社規模を大きくしたい」と、負けん気が強いタイプだったんです。でも、勝ち負けなんて言っている場合じゃないことが起きて、意識が大きく変わりましたね。自分や今のことよりも、次世代に良い形で引き継ぐことを強く意識するようになりました。
―― 自身の立場について改めて考え、より良い未来を残したいと思うようになったのですね。そのために行ったことがあれば教えてください。
短期的に功績を上げるための活動ではなく、時間は掛かるけれどもいつか必ず実を結ぶような働きかけを行っています。例えば、うちのお酒もそうですけど、それ以上に福島県内の自然派農家さんのお米が売れなくなってしまったんです。
農家さんは専業の方がほとんどで、米作りに真摯に向き合っている方ばかり。福島県にとっても大事な存在なんです。だから、「食べるお米が売れないなら酒米を作ってもらって、その酒米をうちが買うことで、この逆境をしのいでいきましょうよ」と。そのような経緯から、震災以降に福島県の有機農家さんとたくさん契約をするようになりました。
でもこうした働きかけをした結果、助けられているのはうちのほうなんです。やっぱり素晴らしい農家さんの育てるお米はクオリティも素晴らしくて、うちのお酒のクオリティが上がるんですよね。
大変なできごとではありましたが、それをきっかけに深い繋がりができて関係が強固になりました。こうやって周囲の人たちと助け合うことで、きっと私の子どもや孫のことも助けてくれる。30年後、50年後にも良い関係や環境が続いていくと信じています。
福島の恵みと素材を活かした自然な酒造り
――酒蔵の仕事内容について教えてください。日々どのような仕事をされているのでしょうか。
よく驚かれるのですが、酒造りは10月から3月くらいまで。冬の半年間しか行いません。色々な理由があるのですが、一番は寒い時期につくったほうが美味しい酒ができるからです。冬に1年分の酒をつくり、それを夏の間貯蔵しながら瓶詰めして出荷するという1年を送ります。
大抵の酒蔵さんは夏の間は少しお休みします。のんびりしたり、その間に海外に営業に行ったり。我々の場合は、4月から9月の半年間は田んぼで無農薬の米を育てています。その合間に発酵食品の製造、山の管理、杉の大きな木桶もつくります。
震災以降は、とにかく風評被害を払拭したくてイベントをたくさん行うようになりました。毎月最低1回は蔵でイベントをしているのでその準備もありますね。
――冬の間に1年分のお酒をつくっているのですね!そんな仁井田本家さんの酒造りのこだわり、大切にしていることはどんなことですか。
本来の日本酒とは“お米の出来が日本酒のでき”です。つまり、お米の出来が良い年には良い日本酒ができると言われてきました。
しかし、近年は管理を徹底して「作り込む日本酒」が主流になってきています。分かりやすく言うと、設計図に基づいて環境や条件を意図的につくり出してつくる日本酒。例えば、本来なら寒い冬でないとできないところを、蔵を強制的に冷やしたり、発酵する微生物も実験室で培養したものを買ってきたりといった具合です。
それは素晴らしい技術だとは思うのですが、うちのポリシーとしてはあまり人間がコントロールし過ぎないようにしています。「その年のお米の出来を醸してできる日本酒」であることが大事。その年ごとの味わいを楽しんでくださいという気持ちでつくっています。
――素材を活かし、自然の風味を大切に酒造りを行うのですね。ひとつの会社として、社長として、仁井田さんが心掛けていることはありますか。
我が社の最終目標は2つあって、社員が幸せになることと、良い会社になることです。
1つ目の社員が幸せになるというのは、やはり会社として人を預かっているからにはみんなに幸せになってほしいという思いがあります。2つ目の良い会社というのは、そんなに難しいことではありません。きちんと挨拶ができたり、困っている人がいたら助けたり、そういうことが当たり前にできる人の集まりでありたいという意味です。
仁井田本家に魅力を感じてくれて、ひとりでも多くの人が長く働ける環境づくりができるよう日々努力しています。
――最後に、仁井田本家さんに興味を持った方、これから働いてみたいと思っている方にメッセージをお願いします。
仁井田本家は酒蔵ですが、米作りや木桶作り、山の管理や田んぼを守る活動、畑で梅を育てて梅酒造り……と、本当に色々なことに取り組んでいます。
1年中いろんなことをして、新しいことにもチャレンジする。日本の伝統文化の継承の一旦を担い、その最前線で働くというのは魅力的なことではないでしょうか。
また、仁井田本家がある福島県郡山市は、手付かずの豊かな自然がありながらも新幹線が止まるなど、ほどよく都会で便利です。寒暖差があるため美味しい米ができるので、日本酒も美味しい。
世界に誇れる日本の素晴らしい郡山にある仁井田本家です。ぜひ興味を持っていただけたなら、気軽に足を運んでみてください。
仁井田本家の詳細はこちらから
◆HP:https://1711.jp/index.php#top