「こうじゃない」の想いで起業を決意。㈱南部建装の松村社長が抱く塗装業界への義憤とは?
written by 大場春香
1992年創業。岐阜県岐阜市で外壁・屋根の塗装をしている株式会社南部建装様(プロタイムズ岐阜南店)。今回は社長の松村さんに取材をしました。
幼少期は塗装職人としてご活躍をされながら、25歳で独立を決意。施工管理士、外装劣化診断士、雨漏り診断士などの資格を取得されながら、法人の営業担当をされています。
リピーターのお客様が多い岐阜南店ですが、お客様との長いお付き合いを大事にしながら、同時に塗装業界への義憤もお持ちでした。今回はそんな松村社長の想いを紐解いていきます。
インタビュイー:松村 秀次さん
30歳まで塗装職人に従事したあと、その経験を活かし現在は社長業と平行して法人営業を担当。趣味はゴルフ。
インタビュアー:大場 春香
キャッチコピーは「人生は、自分が幸せになるための宝探し。人に寄り添う言葉の紡ぎ屋。」インビジョンの鼓舞屋(カスタマーサクセス)。国家資格キャリアコンサルタント保持者。
塗装職人はマイスター、腕があってなんぼ
ーー30歳までは塗装職人として活躍されていたとのことですが、なぜ職人さんになられたんですか?
もともと父が塗装業を経営していたんです。ただ、家に甘えたくない、自由にやりたいって思いがありましたので、15歳のときから愛知県に出て、住み込みで職人をしていました。10代の頃は、職人も建設業も嫌いだったので、いつかは辞めようと思っていたんです。40年くらい昔は建設業って何でもありの時代で、現場でお酒飲んでも、煙草くわえながら仕事してもオッケーだったんですよ。私は無秩序状態みたいなところが嫌いで、当時の塗装業界に対して「こうありたい」というよりも「こうじゃないだろう」っていう気持ちが強かったですね。
子どもの頃は、職人ってマイスターだというイメージがあったものですから。職人はやっぱり腕でなんぼだろうって思っていたんですよね。もちろん素晴らしい職人さんもいらっしゃったんですけど、日雇い労働者みたいな感覚の職人の方が多く「普通の社会とは違うな」と子どもながらに違和感を持っていました。
ーー違和感がありながらも、25歳で独立されたのには何かきっかけがあったんですか?
20代前半に、父が怪我をして、急遽家に戻ることになったんです。2〜3年手伝っていましたが、父も回復してきて、いつか独立をしたいと漠然とした思いがあったので決意しました。ある時、どれだけ綺麗な仕事をしても、結局採算が合わないとだめだなっていうことに気付いて。自分で会社を経営すれば、自分が納得した利益だけでいいんじゃないかなって思っていたんです。当時はまだ若かったので、経費が会社にどれだけかかるとかは分からず、単純に綺麗な仕事でお客さんが喜んでくれて、それで自分も生活できればいいくらいの感覚ですよね。
残念ながら独立した直後にバブルが崩壊して、周りからは「こんな時代に独立するバカがいるか」と言われることもありました。ただバブル崩壊後より今の方が単価は低いですし、岐阜という地方ですから、仕事はたくさんあったので、そんなに気にはしていなかったですね。
ーー幼少期の頃に感じていた塗装業界に対する義憤も関係していたんでしょうか?
そうですね。昔大手の住宅リフォーム会社で雑工事を請け負っていた時期がありました。関係者の方から業界の内情を聞けば聞くほど、会社の仕組みが全く成立していないことを実感したんです。会社が利益を得ることは悪くないんですけれど、分配が悪いというか…もう少し職人さんの給料を上げれば、良い職人が揃って、綺麗な現場が仕上がるんじゃないかなって。仕組みが自分たちの利益優先すぎる会社がたくさんいましたね。
だから、その仕組みを自分たちで作っていけばいいんじゃないかと思って独立したんです。実際にやってみると難しいこともありましたし、私は必要以上に単価を下げなかったので「お前のところなんでそんなに高いの」と言われることもありました。ちゃんと良い仕事をするからこの値段なんだと返していましたし、うちの店長にも下請けさんにある程度出してあげられる環境を作るのが営業の仕事だと伝えています。そうしないと健全な下請けさんが育たないと思うんです。もちろん、下請けさんも職人としての努力を励んでくださいよって話もするんですけどね。
自分の良いと思う仕事をしてほしい
ーー若いうちに独立されて社長になってから、失敗したことや悩んだことはありますか?
右も左も分からないうちに始めたものですから、実際は経費もかかるし、人を雇って給料を払うとなると、最初は利益が残らない状態が続きましたね。生活はやっていけるんですけれど、利益が出ていないと新しく未経験の若い子たちを雇うのが難しい。でも、自分が幼少期の頃は手抜き工事が当たり前でしたから、そうならないように若い子を1から育てたいっていう気持ちがあったんです。
ーー若手の方とは普段から交流があるんですか?
ちょうど昨日、若手2人を連れて焼肉に行ってきましたよ。他の職人さん経由で「社長と一緒にごはん行きたがってるよ」と聞いたもんですから。たまには若い子の話を聞くのもいいですね。「社長のように何でもできる人になりたいんですけど、どうしたらいいですか」って唐突に聞くんです(笑)職人は何でも一通りできなきゃいかんよ、って話をしましたね。例えば中華料理屋を経営しているとして、一通り作れてあのメニューが得意、この料理がウリだと言えるんだよと。中華料理屋なのに、中華飯と餃子は作れるけど天津飯は作れませんなんて、お客さんに言えないだろって。
うちは若手に限らず、コミュニケーションは活発な方だと思います。ベテランの職人さん同士で飲みにいったって話もちょこちょこ聞いてますし。私自身もたまに現場に行って、若い子に技術面でのアドバイスをすることもあります。ベテラン職人からは、私が見ていると緊張してうまく塗れんって言われるんですけど(笑)
以前、職人から「誰の言うことを聞いて学べばいいのか分からない」って相談されたことがあるんです。私も経験があるんですよ。こっちの職人はこう言うけど、あっちの職人は違うやり方を勧めるとか。技術職ならではの悩みだと思うんですけどね。でも人それぞれキャラも違うし、得意なことも違いますから。数をこなしていくうちにいろんな引き出しが出来ていくから、その中で自分が良いと思ったことをやるべきだよと伝えています。最終的にはお客様や監督さんが何を求めているかが重要になりますからね。
お客様が望むことを、嘘をつかずに対応していきたい
ーー社長が働く上で大切にしていることを教えてください。
「偽りのない行動」ですかね。お客様が望むことを、嘘をつかずに対応していくことです。
未だにこの業界では、受注したいから費用を安くして、作業で手を抜けるところは抜こうって頭を働かせている人がほとんどなんですよね。3回塗りをしなければならないところを、実際は黙って1回しか塗っていないとか。フッ素で契約しているのに、実際はシリコンで塗って、フッ素の空き缶を現場に置いたりとか....だからうちから契約通りにお願いすると「え、本当に2回塗るんですか?」って驚く職人さんもいますね。「当たり前やろ」って言うんですけど。お客様が要望していることに対して、施工を提供するのが我々の仕事だと思っているので。
ーー今後どのような会社にしていきたいですか?
店舗の拡大は今のところ考えていません。もちろん、社員から希望があれば応えるつもりですが、一社あたりの塗装規模ってそこまで大きくしちゃいけないと思うんですよね。会社を維持するのは非常に大変なことなので、利益ばかり重視して、お客様に低レベルな仕事を提供してしまうことになるなら、そんな会社意味ないんじゃないのかなって。お客様が要望しているものを提供するどころか、騙すことになってしまいますからね。
それから、外国人研修生の雇用も考えています。外国の方は高い志を持って、日本で仕事をしたいと思われている方が多いんです。ただ稼ぐだけじゃなく、ある程度は実家に仕送りをしながら、自分たちの趣味やプライベートも楽しんでいる方のマインドは素敵だなと思います。仕事をしたいと手を挙げてくれる方が多いので判断基準は悩みますし、実際現場で働いてみないと分からないこともありますが、だったら最初の志をしっかり持っている方に来ていただきたいですね。
ーーそんな会社を実現するために、どんな仲間と一緒に仕事をしたいですか?
芯となる自分の生き方がある方ですね。今の自分を楽しめる人だったり、無我夢中でいろんなことを探求できる人と一緒に仕事ができたら嬉しいです。スキルの有無や得意不得意は人によって違うじゃないですか。でも、自分の生き方が確立されていないと、スキルがあっても、得意なことがあっても、伸びないような気がするんです。
うちは飛び込み営業が少なくリピーターのお客様が多くいらっしゃいますから、信頼と実績を積み上げながら、相手を思いやれる方に来ていただきたいですね。
取材後記
若手、ベテラン問わず社内のメンバーはもちろん、下請け業者の方にまで慕われている松村社長。現場を担当していなくても、材料の相談で松村社長によく電話がくるそうです。
今回インタビューをさせていただいて、経営に関する知識が少ない私でも理解ができるよう、わかりやすい例え話を多く挟んでくださったのが印象的でした。
きっとこういうコミュニケーションの取り方が、社員や下請け業者、お客様と長く、良いお付き合いを続けていく秘訣なんだろうなと思います。
㈱南部建装のホームページ:https://www.nanbukenso.com/