【ダシマス老舗・中田工芸】BtoB専売から自社ブランド設立へ。まだ見ぬ可能性を探り続ける、老舗ハンガーメーカーの挑戦
written by ダシマス編集部

創業30年以上の老舗企業に焦点を当てる本企画。持続的な成長と成功をおさめ、時代をまたぎ社会に貢献してきた歴史を紐解き、その長い期間によって培われた文化や知見から、多くの人に気づきとインスピレーションを与えることを目指しています。
今回取材したのは、商業用から一般家庭用まで、幅広いハンガーを製造・販売している中田工芸株式会社。創業78年となる老舗企業の3代目代表取締役社長 中田 修平(なかた しゅうへい)さんにご登場いただきます。
創業当時から木製ハンガー一筋。複雑な顧客要望に高品質な商品で応え続けるNAKATA HANGERは、現在に至るまで多くの人々から熱い支持を得ています。ときに大きな危機にぶつかりながらも、長年受け継がれてきた可能性への探究姿勢や学びへの貪欲さで、その商品価値をつねに開拓し続けてきました。
類を見ないクラフトマンシップが光り続ける中田工芸。その歴史と根幹に息づく価値観を深掘りします。

代表取締役社長 中田 修平(なかた しゅうへい)さん
78年生まれ。米アリゾナ大学ビジネス学部を卒業後、ニューヨークで就職。07年に帰国し、中田工芸入社。17年に三代目社長に就任。19年には育休を取得するなど育児にも奮闘中。ロックやジャズのライブ鑑賞と海外旅行が趣味。
先見の明でハンガー特化の道へ。創業から78年、業界の先頭に立ち続ける
――はじめに、貴社の創業の経緯をお聞かせください。
創業は1946年。創業者である私の祖父が、曽祖父から雑貨屋を受け継いだことが中田工芸の原点でした。同時期に非常に腕のいいハンガーの職人の方と出会ったことをきっかけに、あらゆるものを扱う雑貨屋から木製ハンガーの取り扱いに特化するようにしたそうです。
ものづくりは職人さんにお任せして、祖父自身は販売に注力していくことを決意。神戸・大阪地域のテーラーや百貨店を中心に営業を進め、アパレル産業の発展とともにディスプレイハンガーの需要も高まり、弊社もともに成長してきました。
――雑貨屋からハンガー1つに商品を絞るのは思い切った決断に感じます。商機を見出した理由はどこにあったのでしょうか。
創業当時から、その後の需要の高まりを感じていたのではないかと思います。
特に70〜80年代に入ると、今と比べてより華やかな洋服が好まれ、ファッションにもお金を使うのがトレンドになりました。DCブランドと呼ばれる、個性的でデザイン性の高いブランドが台頭したのもこのころです。日本も高度経済成長期を迎え、経済が潤っていましたので、百貨店にも勢いがありました。
次から次にやってくる顧客の要望に、ただひたすらに応え続けたこと。そうしていくことでよい評判を生み出し、新たな受注につながったと聞いています。
――ハンガーを取り扱う業界の市場規模や、貴社の現在の立ち位置などもぜひ教えてください。
ハンガーのみのマーケット規模は、あまり明確に数字化されることがないんです。ハンガーやマネキンなど、アパレルショップの店舗で使用されるアイテム市場を総称して、ディスプレイ業界と呼ぶことがあります。弊社はディスプレイ業界でBtoBビジネスを展開し、その中のハンガーを扱う企業として長年一定のプレゼンスを保ってきました。
平成期までは競合のハンガーメーカーも複数ありましたが、時代とともにその多くが製造から輸入販売のビジネスモデルにシフトしていきました。特に私たちのような、木製ハンガーに特化している会社は形を変えて生き残る道を選択したのです。
外国製品の流入による価格崩壊。顧客に真摯に向き合い続け、危機を乗り越える
――競合他社の多くが既存のビジネスを離脱していったということですが、貴社においてもこれまで大きな危機的状況にぶつかった瞬間はありましたか。
まさに競合メーカーと同様の時期は、弊社にとっても難しい時代だったそうです。私の父が2代目社長を継いだ1992年は、バブルが崩壊して景気は悪化の一途をたどっていました。そしてそのころから中国製品の流入が増え、予期せぬ価格崩壊も始まったのです。
景気が悪くなると、多少品質が悪くてもとにかく価格重視の流れになっていきます。国内工場で生産していた商品も、安い中国産の商品が相手では太刀打ちできなくなっていきました。そして多くのハンガーメーカーが、生産機能を手放して安い商品の輸出販売に注力していくようになったそうです。
弊社の売り上げもどんどん落ちていき、一時は3分の2を下回るような打撃を受けたことも。会社規模も苦渋の決断で縮小していき、どうにか生き残る道を模索したと聞いています。
――貴社も同じように、国内生産を辞める選択は取らなかったのですか。
当時、父もとても迷ったそうですが、国内生産拠点はそのまま残し、輸入販売機能との使い分けで生き抜く選択をしました。お客様のこだわりや複雑な要望にお応えしたり、短納期や小ロット発注などの需要に柔軟に対応したりするためには、国内工場はどうしても欠かすことができなかったからです。
他社の多くが低価格なプラスチック製のハンガーの生産・販売を開始するなか、弊社は木製ハンガーにこだわることも辞めませんでした。大量生産・大量消費が当たり前になる流れの中で、より高品質で付加価値のある商品を送り出す方向に舵を取ったんです。
――非常に大きな決断だったことと拝察します。当時の危機的状況を、どのように乗り越えたのでしょうか。
積極的に新しいことに取り組んでいったのが転換点になったようです。当時父が着手したのは、ウェブサイトの立ち上げとブログを通じてのハンガーに関する情報発信。インターネットが普及して間もない1997年に独学でウェブサイトを制作し、メーカーだからこそ知るハンガーの豆知識や魅力をコツコツ発信し続けたんです。そうしていくうちに、一般の方からも発注のお問いあわせをいただくようになりました。
法人向けと異なり、個人の方からのご発注はあまりまとまった数量にはなりません。でも量にこだわらず、一つひとつのお問い合わせに対して丁寧に対応していくことで、店舗用と家庭用で弊社に求めるポイントが異なる点を理解することができました。
その後2007年に私が入社し、一般用の自社ブランドとして「NAKATA HANGER」を立ち上げ、現在のBtoB・BtoCの2本柱によるビジネスモデルを見出すことになります。
――「NAKATA HANGER」というブランドが誕生したのは比較的最近のことだったのですね。
それまで弊社のお客様のほとんどはファッションブランドやアパレルショップだったため、店舗で使用するハンガーに弊社の名前を打ち出すことはできませんでした。ですが一般的には、ハンガーであっても名前やブランドの認知は売上拡大につながる。それにブログやSNSでの発信を始めるようになってから、数少ないハンガーメーカーとしてもっとたくさんの方々に私たちを知ってほしいと考えるようになったんです。
当初はお客様のために黒子に徹していたところから、自社の名前を掲げることでお客様からしっかりと私たちを選んでもらう道を作りました。長年多数の大手ブランドとの取引を続けてきたという実績も味方して、老舗メーカーの自社ブランド「NAKATA HANGER」という販売戦略は幸いにも功を奏しています。
自分の可能性を探り、何事からも貪欲に学ぶ姿勢は先代から受け継いだ血統
――改めて、中田さんの社長就任までのご経歴を教えてください。
私は東京生まれですが高校まで豊岡で育ちました。関東の大学を卒業後、アメリカのアリゾナ大学に留学し、マネジメントについて専攻。その後はニューヨークで一度人材会社の営業マンとしてのキャリアも経験しました。
父から明確に後継の話をされたことはありませんでしたが、いずれは私が会社を引き受けるものと感じてはいました。いきなり地元に帰るのにはためらいがあったものの、ちょうど東京の青山にショールームを設置する計画が持ち上がったため、手を挙げて2007年に入社。最初の業務としてそのプロジェクトを担当し、その後は新事業の立ち上げなども経験して、2017年に経営を交代しました。
――会社を継いだ当初、どういった心境でしたか。
本音を言うと、葛藤はありました。外の世界で自分の可能性を探りたいと感じていましたし、たくさんの人に出会いいろいろな経験を積んでいきたいという思いは今も変わらず抱いています。
でも会社を継ぐというのは、今までとまったく同じことを続けていくのとは少し違うと考えているんです。海外留学や他社での就業経験など、私だからこそ持ち込める新たな視点がきっとある。これまでの中田工芸で築いてきたいいものはそのまま残し、それをベースに私の経験や人とのつながりを掛け合わせたら、きっと面白いことができるんじゃないか。そんな後継ベンチャーマインドで、経営を引き継いだんです。
――新たな挑戦への意欲的な姿勢は、中田工芸の経営スピリットとして受け継がれてきたものなのでしょうか。
そうですね、何事からも貪欲に学ぶ姿勢というのは受け継がれているなと感じます。
こんなに情報が溢れている世の中でも、ハンガーの生産や販売について調べられる情報ソースは極端に少ないです。何においても正解がわからないようなこの時代に、それでもわからないなりに見聞きし、考え、持っている知識や経験と結びつけて模索することは欠かさないようにしています。
一見ハンガーに関連性のない事柄からも、何かヒントがないか探し出して、それを自社のビジネスに置き換えて考える。あらゆる物事に対する高い興味関心は、先代から続く経営マインドなのだと思います。
暗黙知から形式知へ。守り続けた技術を次なる世代へつなぐために
――78年という歴史の中で、ハンガーの生産技術は創業当初から引き継がれているのですか。
そうですね。核となる技術はそのままに、お客様からの多様な要望にお応えしながらどんどん磨きをかけていき、今日まで技術を受け継いできています。
というのも、お取引のあるお客様には独自の個性を持つブランドが多く、形状だけでなく色や刻印の細部にまでこだわりたいというご要望を数多くいただくんです。パソコンが普及していない時代は、打ち合わせ場所の壁紙を急に指差して「この色のハンガーを作ってほしい!」と 職人に伝えるのも困難な要望が生まれることも。
特に店舗においては、ハンガーは大切な洋服を直接掛ける備品になりますので、人の代わりに洋服を着てもらっている状態とも言えると思います。いかに人が着ているのと近い状態で洋服を掛けられるか、いかに洋服を美しく見せられるかがものすごく重要なんですね。
そんな背景もあり、お客様の強い願いを木製ハンガーでどこまで実現できるか、トライアンドエラーを繰り返す中で自社の型のようなものが形作られていきました。
――具体的に、どのようにその技術は守られ伝えられてきたのでしょうか。
今までは人から人へ、見せて教え見て学ぶというスタイルで受け継いできましたが、それが弊社にとってはある種の課題でもあるんです。これまでは属人的な方法でうまく技術を守り続けられたけれど、これから先の時代にどう残していくのか。時代が変わるにつれて、「見て覚える」という方法はそぐわなくなってきたように感じます。
職人個人の技量に依存している暗黙知を、自動化やマニュアルをうまく使って形式知に転換していく。職人の皆さんと力を合わせながら、中田工芸のクラフトマンシップを末長く未来につなぐのも、今後取り組みたい課題の一つですね。
――社員の方の理解を得ながら、伝統を守りつつ新たな方法に挑戦するのは、おもしろさと同時に難しさもありそうです。
まさにその通りで、特に40〜50代のベテラン世代になると、素晴らしい技術を持ちながらも時代の変化に適応しきれなくなる社員も少なくないんです。昭和から令和へ、時代の移り変わりとともに働き方も価値観も大きく変わってきていますので、時代にあった方法にアップデートしていくのは必要になってきます。
長年会社で活躍していると、新たに学ぶという意識からはどうしても距離ができてしまう。でもそれは社員本人の問題だけではなく、意識改革を促すことができていない会社の問題も大いにある。技術や実務ももちろん大切だけれど、つねに外の情報をキャッチして謙虚に学ぶ姿勢を持ってもらうよう、根気強く働きかけています。
――ベテラン社員への働きかけをしていくなかで、意識されているポイントなどはありますか。
共感と理解を示しながらアプローチするように心がけています。今まで積み上げてきたものには絶対的な自信を持ってかまわないということは大前提に、それでも学ぶことは絶やしてはいけないと。
社員のマインドセットも量から質へと転換させ、商品の品質だけでなくあらゆるもののクオリティを高めていかなければならないと、丁寧に伝えています。
意欲ある社員には活躍のチャンスを。仲間とともにハンガーの可能性を探究し続ける
――職場の雰囲気や社風についても教えてください。
現在従業員は60名ほどで、和気あいあいとしながらも、ものづくりには真剣に向き合うメンバーが集っています。あまり類のないハンガーという商品のブランディングや企画に、日々取り組んでいます。
――従業員がモチベーションを保って働き続けるために、会社として意識していることはありますか。
社歴や年齢問わず、能力・意欲のある方にはどんどん活躍の場を提供していくように努めています。近年は海外展開にも力を入れていますが、語学が堪能な若手の女性社員にも海外出張や担当の機会を多く与えるようにしているんです。
ベテラン世代にはベテラン世代の知識や経験、そして若手には若手の勢いや熱量がある。どちらが優れているかと比較するのではなく、それぞれ役割を果たしながらチームとして新しいチャレンジを繰り返していけるよう、しっかりとした仕組みにしていきたいですね。
――改めて、ハンガーは世の中にどんな価値を生み出しているものだと感じますか。
創業以来伝えられている言葉で、「ハンガーは福掛け」という言葉があります。機能としては洋服を掛けることに留まりますが、ハンガーには人を幸福にさせる力があると信じているんです。
実際に、最近はNAKATA HANGERをギフトとしてご注文してくださる方が増えていて。誕生日や結婚式の引き出物、学校の卒業記念など、ハンガーの登場シーンは過去にない場所にまで及んでいます。本当に、ハンガーの可能性は無限大だなと感じるんです。
長年ハンガーをつくり続けてきた私たちでさえ気づいていない魅力がまだまだあると思っています。つねにあらゆる角度からハンガーを見つめ、既存の枠を取り除いてその存在価値を見出していきたいですね。
中田工芸の詳細はこちらから
HP:https://www.nakatahanger.com/